中小製造業におけるものづくりのサービス化

1.製造業の転換期

 日本の製造業は転換期を迎えている。これまで、日本の製造業は高度かつ高精度な加工技術により高品質な製品を生産することで日本のものづくりの世界的な地位を築いてきた。現在でも、その技術力が無くなった訳ではないが、その匠の技術を技術継承がなされずここまで来た企業は特に中小企業に多く、定年退職者の再雇用でもカバーできない時代に入って来た。

 この世代は、「技術は見て覚える」「技術は先輩から盗むもの」「実践あるのみ」といった自身が成長した背景があり、後輩の育成に対して消極的、またはやり方が分からない、といった問題があった。所謂、職人気質で、後輩に自分の技術を教えることが、自分の仕事を奪う事になるという強迫観念にも似た感情があり、自身の技術を言語化する、文書化する、コツを伝えるといった事が行われてこなかった現場が多かったようだ。

 もちろん、経営者としてはベテラン技術者に対して後輩育成の期待を持っていたと思うが、後輩を育成する事にインセンティブ(積極的動機付け)を与えてこなかった点も問題としてある。

 こうした問題は無くなった訳ではないが、取り組みを行うには既に遅く、今から70代の職人から技術継承を行う方法を取ることは現実的ではなくなってきている。そもそも70代の職人が今から技術承継を熱心にしてくれるのであれば、今までに実施できていたはずだ。もっと若い世代でも技術者はいるだろうと思われるかもしれないが、50代前後の世代は経済氷河期で採用を控えていたため、空白の世代になっているケースが多い。

 こういった状況から、日本の中小製造業は技術的な継承が十分に行われていると言えず、また、需要の多様化から、今までの様に「ものを作るだけ」という製造業からの転換期に来ていると言える。

2.製造業をサービス化するとは

 先述の流れから、近年製造業では新たな業務革新が求められている。特に、DXを基軸とした、IoT(センサー類)による人間に依存しない機器情報のリアルタイム把握。また、それらの収集データを活用した新たな製品やサービスの展開だ。これらは、製造業のDXと共に、製造業のサービス化という点で重要になってくる。

 では、製造業のサービス化とはどういう事か具体的に説明したいと思う。一言で言えば、製造業=ものづくりだ。「ものづくり」というと加工に焦点が当たるが、発注者側は品質を満たす商品が手に入れば良い。また、同等製品が他社から手にはいる場合は、発注者側は当然「同じものなら少しでも安い所から仕入れよう」という考えになる。つまり、同等の製品をつくれる事業者が多ければいくら高品質の製品が作れても、発注者から見て必要な差でなければ、積極的に選択される要素にならない。つまり、もの加工技術の1点だけで他社と差別化を図ることは非常に難しいと言える。そこで、製造業が単なるモノづくりだけの価値提供に終わらない製造業2.0といえる姿を目指すものが「製造業のサービス化」であるというのが私の考えだ。

 

3.中小企業ができる製造業のサービス化

 とはいえ、中小企業の製造業は、大手・準大手の製造業と立ち位置が異なる。そのため、製造業のサービス化も大手と中小とで取り組みを変える必要がある。

具体的に入れば、大手製造業は完成品を販売するプライマリーサプライヤーであるが、中小企業は主にその一部の部品を製造し、大手・準大手の製造業に提供する立場のセカンダリー以下の立ち位置である場合が多い。中小企業の全てがこの様な立ち位置になっている訳ではないが、一般的に完成品を製造・販売しない中小企業が完成品を製造・販売する大手から受注を受け対応する「下請け型」が多いという状況となっている。この下請け型から脱却することが中小製造業のサービス化の目指す方針である。

 私は、下請けがダメといいたい訳ではない。ただし、「下請気質」はまずい。下請気質は学生気質に近い。「言われた事には対応しますよ」「発注が無ければ、我々の仕事はなくなりますよ」というものが下請気質の考え方で、この考えは、自社の運命を他社に預けている様なものだ。

 こうした気質からの脱却するために重要な考えが、「製造業のサービス化」にある。私の考える製造業のサービス化は、世の中で言われる様な機器が故障する前に検知する予知保全や、EMS対応ではない。大手から発注を受ける立場でも良いが、受け身だけでなく、自らの立ち位置で存在感を示せる独立した企業運営を目指すものだ。顧客の課題にたいして、自社が提供できる事を見出し、提案する。場合によっては、中小側から主導して新しい製品を作る。言葉をかえれば、ソリューション型製造業と言える。

 元々、ソリューションとはIT業界から始まった言葉で、顧客の問題を解決するシステムや機器をソリューション(解決策)として提案する事から来ている。製造業でもものをつくるだけではなく、こういった製品の価値を考えて製造する動きが必要になってきている。

 では、どういった点から提案を考える糸口にすれば良いだろうか。主な方法は、以下の様な切り口がある。

 (ア)業界的、社会的な課題を解決する

 カーボンニュートラル、SDGsなど業界トレンドや社会トレンドになっているキーワードがある。これらは、世の中の流れなので、大手・準大手企業の管理職以上は必ず把握しているし、その流れに乗った施策も取り入れている事が多い。上場企業であれば取引先のHPで経営戦略やIR情報など公開されている情報も多いので、知得できる情報も多い。取引がある企業、取引先になりそうな企業・業界のこういった情報は、中小企業の経営者や管理職であれば、敏感になっておく必要がある。

 カーボンニュートラル、SDGsは、中小企業でできる事は少ないのでは?と考えている経営者が多いようだ。この考えは間違っており、社会を形成する企業の1つとして、無関係ではいられず直接的ではなくとも、間接的に自社製品の機能や開発の取り組みによって、社会に価値還元していくことが求められる。そういった考えに適応できる企業でなければ、企業価値を上げていくことはさらに難しくなるだろう。

 

 (イ)顧客の課題やいつも言われている課題に目を向ける

 「もっと短納期で、もっと安く、もっと高品質に」は常に顧客から言われていることだろう。これらのうち1つでも、劇的に解決できれば受注量を増やせたり、単価を上げることも可能だろう。実際に、他社より短納期で対応可能な会社は、特急料金で多少無理な納期の製造を引き受け、単価を上げている企業の実績もある。

 

 (ウ)顧客の課題やいつも言われている課題以外に目を向ける

 一方で、既存の商品に対し、顧客が要求してくる事の多くはいつも同じだ。製造業でいえば、先述の通り、Q(品質)C(コスト)D(納期)のいずれかになる。しかし、これは既存製品と同じものを提供する事を前提とした考えだ。ものづくりの現場はこの点に注力するのが得意ではあるが、現代において劇的にQCDを改善する事は、乾いたぞうきんを絞る様な行為で、難しく困難な仕事だ。

 経営者や技術者は、それでも仕事だから乗り越えなければならないのだ!と考えるだろう。しかし、同じ困難な仕事なら将来がある事の方が前向きにやる気もエネルギーも湧いてくるのではないだろうか。つまり、顧客も気づいていない商品の課題や新しい価値を提供する、顧客が解決できない新しいアプローチで商品設計を行う、など「モノづくり」だけでない今までと異なる価値を提供できれば、顧客も喜び、提供する価格もこちらからの提案がある程度可能になってくる。(実際は、そう簡単でない事はご存じの通りだが)

 このような活動を地道に行う事が中小製造業のサービス化だと私は考えている。それには、今までの事業で培った製品製造のノウハウや技術、顧客との会話の中で得られた課題、社会的な流れなど、複合的な情報を分析し、論理的に考える事が必須になってくる。まさに、私が提唱するデータ経営の根幹の部分だし、これからの中小製造業の経営者の取り組みとして、ぜひ推奨したい。

 

4.「今までと同じ」であるリスク

 経営者として対応しなければならないこと、考えなければならない事は多く、悩みがつきない。既存の取引だけでも大変なのに、新しいことなんて・・・。そんな声が聞こえてくる。確かに、経営者、特に中小企業の経営者にとってヒト・モノ・カネ、どの経営資源をとっても不足している厳しい状況の中で経営の舵取りを行っている。

 ただ、その厳しい中でも、どういった方向に進むのか、その先に僅かであっても光明が見えそうであれば、リソースを少しでも確保し、従業員を鼓舞しながら、将来に向かって対応する必要がある。それこそが、経営者の最大の役目であり、効果が得られた時は経営者冥利に尽きるのではないだろうか。

 従業員の賃上げも叫ばれるが、利益が上がらなければ賃上げはできない。従業員の賃上げも実現した上で、経営者が示した方針で利益が増えたのであれば、経営者の報酬も上げる事が必要だと考える。最大のリスクは、社会や市場の需要は変化しているのにも関わらず、「今までもこれでやって来たから」「取引先の言う通り」という事で同じことをし続ける事である。現役世代がチャレンジし、上手く行かなかった事、上手く行った事を体験し、学習する機会が得られるのであれば、それは取るべきリスクだろう。私としてもそういった経営者を応援し、実行を支援したい。

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